雑誌正論掲載論文

ジャパン・ファーストの原点は歴史教育運動にあり

2017年03月05日 03:00

評論家 西尾幹二 月刊正論4月号

 半年ほど前から、世界は大きく変わろうとしている、日本はこれから大変だ、という言葉が盛んに聞こえるようになりました。いったい何が変わり、日本にとって何が大変になるのでしょうか。防衛費を増やすことでしょうか。ひと昔前のような日米貿易摩擦が再来するのをどう防ぐかということでしょうか。アメリカは国防長官を最初に送り込んできて、防衛問題で日本のアキレス腱を押さえ、次に経済問題の追い打ちを掛けて、ゆっくり日本からカネをむしり取ろうといういつもの手を再び使おうとしているのでしょうか。

 それらを心配し、政府が対応策をいろいろ打ち立てるということは当然なされるでしょう。けれどもそういう心配や対策は全部受け身の話であって、日本がアメリカからの攻撃に備えどう身を防ぐかの話にすぎません。それはそれで今は大切ですが、単にそれだけでいいのでしょうか。

「トランプ大統領の出現は日本再建のチャンスだ」ということが、一方で言われますが、われわれとしてなすべきは、トランプとアメリカ国民に次のように言うことです。

「トランプさん、あなたの言うアメリカファーストはよく分かりました。それならこれからわれわれ日本人も、ジャパンファーストで行きますよ」

 私だけでなく、すでに多くの方がジャパンファーストで行こうと叫んでいます。しかしどれだけの人がこの語の持つ本来の意味について考えているでしょうか。日本人はもう受け身ではいけない、というこの言葉の重み、その精神的積極性の必要と覚悟について、思いを致しているでしょうか。

 ほぼ20年前に、ジャパンファーストで行こうと声をあげたのは、「新しい歴史教科書をつくる会」にほかなりません。例えば私はつくる会機関誌「史」創刊号にこれを「自己本位主義」の名で呼びました。1930年代のナショナリズムと混同されるのを恐れたからです。

「自己本位主義」とは、われわれが日本の歴史を敗北史観から取り戻す、というようなレベルの話ではありません。戦前の歴史を回復すればよい、という単純な話ではないのです。日本を中心の視座に据えて世界史を見直すということです。その世界史の中に日本を位置づけ、受け身の日本の歴史記述を止めることです。歴史学者の多くが陥っている内に籠った視野狭窄症をまず打破することです。国内政治史をこと細かに語るばかりで、世界史から自分を見ていない内向的歴史観の弊害を排除することです。次に世界の中で日本がどう鼓動しているか、どう対応し、結果としてどういう作用・反作用を地球上に引き起こしているかを見て、日本が外から受ける波だけでなく、外へ働きかけている目に見えない波をも見逃さず、世界史における日本の主体性の物語りを創造することです。これは明治日本もやっていません。

 そのプロセスで日本の弱点、宿命的な「孤独」の運命をも見失わないことが大切でありましょう。孤独であることの自覚、すなわち孤立感の自己認識は、自閉や閉鎖性を引き起こすものではありません。自覚はむしろ自閉や閉鎖性に陥る弊害から人を解放してくれるはずのものであります。

 このような「自己本位主義」で語られた世界史の中の日本史はいまだ存在しません。しかし少なくともわれわれはそれを理想として教科書を作成し、採択にまで手を拡げ、子供たちに渡して、日本と世界の関係を変えようとしました。

 教科書採択の成果は乏しかったのですが、そこから流れ出したジャパンファーストの精神運動はさまざまな方面の人々に引き継がれました。いま、5、6冊の保守言論界を代表する雑誌が出ていますが、そこに集結した人々の文章のみが、今では唯一の国論をリードするパワーです。そしてここに「新しい歴史教科書をつくる会」の精神は流れ込んでいます。外国に日本の言論を英訳して紹介する運動も起こりました。中国や韓国にやられっぱなしの「歴史戦」に必死に風穴を開けようとしてきたつくる会中心の努力も見事です。「新しい歴史教科書をつくる会」の運動本体の声は小さくなりましたが、その声は八方に飛び広がり、影響を与えつづけてきました。本当は政府がやらなければならない仕事を代りに実行したのが「新しい歴史教科書をつくる会」です。そしてそのジャパンファーストの精神的課題はさまざまな人の手に渡り、拡大し、今も続いています。

 グローバリズムはその当時は「国際化」というスローガンで色どられていました。つくる会は何ごとであれ、内容のない幻想めいた美辞麗句を嫌いました。反共だけでなく、反米の思想も「自己本位主義」のためには必要だと考えたし、初めてはっきり打ち出しました。

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■ 西尾幹二氏 昭和10(1935)年、東京生まれ。東京大学文学部独文学科卒業。文学博士。第10回正論大賞受賞。欧米文明を相対化する比較文明論的観点で長編評論の世界を切り拓いた。『全体主義の呪い』『少年記』『国民の歴史』『江戸のダイナミズム』が代表作。『西尾幹二全集』全二十二巻を国書刊行会より刊行中(第十六回配本「沈黙する歴史」まで配本)。